大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和49年(ネ)1072号 判決 1975年8月27日

控訴人兼被控訴人

(第一審原告、以下第一審原告という。)

渡辺孝子

外二名

右三名訴訟代理人

平井広吉

被控訴人

(以下第一審被告という。)

安田火災海上保険株式会社

右代表者

三好武夫

控訴人兼被控訴人

(以下第一審被告という。)

徳満正之

右両名訴訟代理人

御宿和男

主文

一、第一審原告らの控訴事件について

(一)  第一審原告らの控訴にもとづき原判決はつぎのとおり変更する。

(二)  第一審被告両名は各自第一審原告渡辺孝子に対し金五〇万円、同渡辺晴子に対し金五〇万円、同渡辺ひろ子に対し金五〇万円および右各金員に対する昭和四七年一〇月一〇日から右各支払ずみまでの年五分の割合による金員を支払わなければならない。

(三)  第一審原告らの第一審被告両名に対するその余の請求を棄却する。

(四)  訴訟費用は第一、第二審を通じこれを二分し、その一を第一審原告らの、その余を第一審被告両名の各連帯負担とする。

(五)  この判決は第一審原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。第一審被告両名において各自または共同して第一審原告ら各自に対しそれぞれ金五〇万円の担保を供するときは右の仮執行を免れることができる。

二、第一審被告徳満正之の控訴事件について

(一)  第一審被告徳満正之の本件控訴を棄却する。

(二)  当審における訴訟費用は第一審被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一前記引用にかかる原判決書事実らん記載の請求の原因一、および二、の事実は当事者間に争いがない。

二まず、第一審被告徳満が、訴外会社代表者野津と共謀または右野津の詐欺行為を幇助して、第一審原告らの訴外会社に対する本件事故による損害賠償請求権を侵害したとみうる事実は、本件全証拠によつても認められないから、右主張は採用することができない。

三つぎに、第一審被告徳満が過失によつて第一審原告らの右損害賠償請求権を侵害したか否かの点について判断する。

<証拠>を総合すれば、(1)第一審原告渡辺ひろ子は、訴外会社代表者野津との間で本件事故による損害賠償の交渉を続けていたところ、昭和四五年一一月二〇日ころ右野津から保険金を受領してそのうちから賠償金の支払をするから示談書に調印して欲しい旨を申し入れてきたので、野津のそれまでの不誠実な態度から同人に対しては強い不信の念を抱いていた際でもあつたため、損害保険会社に勤務していて交通事故による損害保険給付に伴う加害者と被害者との紛争に職務上経験のある知人野田稔に右の事情を告げてその措置を相談したところ、右申入には多くの疑点(たとえば、本件事故による被害者―死亡者―が三名もいるのに一名分の示談書だけで保険金が支払われるものか、仮に支払われるにしても真実賠償金にあてる意思があるのか疑わしいなど)があるというので、そのころ右の申入を拒絶したこと、(2)すると、その後間もないころ、当時第一審被告会社広島支店の査定係であつた第一審被告徳満から右ひろ子に対し、示談書は保険金を支払うためのものであるから仮示談書でよいので自分を信用してそれを作成提出して欲しい旨を申し入れてきたので、右ひろ子は、再度前記野田に右の旨を伝えてこれを相談したところ、同人より右示談書はあくまでも保険金受領のための仮示談書であり、最終示談書でない旨を明記すべきこと、右ひろ子が訴外会社に代つて直接保険金を受領しうるための委任状を訴外会社からもらうことおよび右委任状には代理受領すべき金額が明示されていることの三条件が具備されるならば格別、さもなければ従来の野津の態度からみて賠償金をえられない危険があるので示談書の作成に応じてはならぬ旨の忠告を受けたため、そのころ右徳満に対し野津は信用できない人物であり、したがつて訴外会社から右趣旨の委任状をもらえぬ限り右申出の示談書の作成提出には応じられない旨を返答したこと、(3)ついで、その後同年(昭和四五年)中および翌四六年一―二月ごろ何回かにわたつて右野津あるいは徳満から右ひろ子に対し前同趣旨による仮示談書の作成提出方を申し入れてきたが、その都度前記趣旨の委任状がもらえぬことを理由にこれを拒絶してきたところ、同四六年二月中旬ころ、かさねて右徳満からひろ子に対し、「野津は信用できない人物であるにしても自分を信用して欲しい。保険金がおりたなら間違いなく右ひろ子の手に渡るように自分が責任をもつから右趣旨の委任状がもらえなくとも野津の持参する仮示談書に調印してこれを提出して欲しい」旨を強く要求してきたこと、(4)ついで同年三月一一日野津が右ひろ子方に仮示談書と題する書面を持参して、同女に対し、同書面に同女の押印方を求めるとともに、同女の申出にしたがつて本件保険金のうち、対人賠償分三〇〇万円(対人保険金五〇〇万円中)および対物賠償分一四万円(対物保険金、免責額を除く二八万円中)をそれぞれ本件事故による損害金として支払う旨を約したので、右ひろ子は、野津に対しては強い不信感を抱いたものの、保険会社の社員である前記徳満が右のように責任をもつ旨言明しているので、その言を信じ、それによる保険金の入手を期待しながら、訴外会社から前記趣旨の委任状をもらうこともなく、右野津の求めを容れてすでに所要事項が記入されていた仮示談書と題する右書面に自己の押印をしてその作成を完成し(これが乙第一号証)、これを野津に交付したこと、(5)右ひろ子は、その後一―二日を経たころ、前記趣旨の委任状をもらわないまま野津に仮示談書を交付したことに不安を感じたため、前記徳満に対し野津が保険金中合計三一四万円を賠償金として支払う旨を約したことおよび仮示談書に押印してこれを野津に交付したことを伝えて右支払を約束した保険金三一四万円が間違いなく入手できるよう依頼したところ、右徳満はこれを承諾し、同保険金が必ず右ひろ子の手に渡るようにするから安心して欲しい旨を答えたこと、および(6)ところが右徳満は、そのころ野津から提出された前記仮示談書を本件保険金支払のための一資料として第一審被告会社に差し入れたため、これにともない同会社において本件保険金が支払われる運びとなるにいたつたのに、その保険金支払に関し右ひろ子にはなんの連絡もせず、同会社の支払うがままに任かせたため、結局、同年三月三一日右ひろ子の不知の間に同会社によつて本件保険金五〇〇万円全額が訴外会社に支払われ、訴外会社ではこれを右ひろ子らに対する賠償金の支払にあてることなく、他に流用費消するにいたり、このため第一審原告らは当時無資産状態にあつた訴外会社から本件事故による損害賠償を受けることが事実上不可能となるにいたつたことが認められる。<証拠>中には、本件事故による被害者は死者三名であつたので本件保険金五〇〇万円は各被害者側においてそれぞれその三分の一ずつを取得するのが相当であると考えていたのであり、また野津においてもそのような意図であつたので、その旨を右ひろ子に伝えたが、結局同女の了解をえられなかつたので、それ以上進んだ話合もせず、右保険金の配分は保険契約者に任かすよりほかはないものと考え本件保険金全部を訴外会社に支払つたのにすぎないのであつて、右ひろ子に対し右保険金中三〇〇万円が同女の手に渡るように自分が責任をもつなど前認定の趣旨のことをいつたことはないなど前認定に反する部分があるが、その供述からしても、少くとも五―六回電話で同第一審被告が右ひろ子に仮示談書のことで連絡したことは明らかなところ、そのいうとおりの連絡事項のみであつたならば、そのように度を重ねて連絡をとることはありえないことであり、前記認定に反する供述部分は不自然であつて、事を構えたものと思われ、採用しがたく、他に前記認定を動かすのに足りる証拠はない。

以上認定の事実関係からすれば、前記ひろ子としては、野津に対し強い不信感を抱き同人の度重なる示談書作成の要求もその都度これを拒絶してきたものの、保険会社の社員たる右徳満が同女に対し前認定のように保険金が同女の手に渡るように自分が責任をもつ旨言明して示談書の作成提出方を要求したため、同人の右言を信頼し、同人の適切な措置によつて右保険金の一部を賠償金の一部として間違いなく取得できるものと期待しながら訴外会社との間の前記仮示談書に調印してこれを野津の手を経て第一審被告会社に提出するにいたつたとみるべきであり、右徳満の言動と右ひろ子の仮示談書の作成、提出ひいては第一審原告らの前記損害発生との間に因果の関係があるといわなければならない。他方、右徳満としても、ひろ子から、前記のように前記野津の人柄に対する不信感を訴えられたことでもあり、また、その職業上からも交通事故加害者が損害保険金の給付を受けながら、これを被害者に支払わないおそれのあることを知り、少くとも十分に関心をもつている筈であるから、被害者に対する損害賠償金が未払の場合における保険金からの後払が何らかの方法で確保されてもいないにもかかわらず、直接関係のない被害者に軽々に右後払について安心感を与える言動をして前記示談書のような重要資料の作成、提出方を促すなどの行為に出でたことはそれ自体でつくすべき注意を怠つたというのほかはない。そのうえに、右徳満は前記ひろ子から、訴外会社との損害賠償額の仮示談成立のことを告げられて、同示談金を保険金から確実に入手できるようくれぐれも配慮方依頼されてこれを承諾したものである以上徳満自身の前記内容の連絡で訴外会社に対して本件保険金が支払われる手筈となつたからには、あらかじめ右ひろ子にその旨を通知して右支払に立ち合わせる機会を与えるとか、あるいはまた右ひろ子と野津との間の前記約束を承知したものとしては、右保険金の一部の支払を留保する処置を第一審被告会社にとらせるとかするなど適当な措置を講じて右野津が支払を約した合計三一四万円の保険金がひろ子の手に渡るよう極力配慮すべき注意義務があるものといわなければならないのであり、また、右のような事情のもとでは容易に右のような措置をとりえたはずであり、しかもそのような措置をとつてさえいたならば本件におけるような緒果を防止できたのであつて、右徳満は、右の面からも注意義務を怠り第一審原告らに、訴外会社に対する右約定による損害賠償請求権の行使が事実上不可能とさせてこれと同額の損害をこうむらせた結果を招来させたものといわなければならないのである。

そうすると、右いずれの面からしても第一審被告徳満は、その過失に基づく不法行為によつて第一審原告らの訴外会社に対する前記約定による合計三一四万円の損害賠償請求権を侵害したものといわざるをえないから、第一審被告徳満は、これによつて少くとも右のうち第一審原告ら主張の対人賠償金三〇〇万円に相当する損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

四ところで、前記三、(1)ないし(6)に認定した事実関係からすれば、右ひろ子は、野津に対して強い不信の念を抱いていたものであり、しかも前認定のとおり知人の野田から保険金を代理受領するための委任状をもらわぬまま野津の要求する仮示談書の作成に応じては保険金を取得できない危険がある旨の忠告まで受けていたのであるから、同女としては、右趣旨の委任状をもらうことなく野津の求める仮示談書の作成に応じたならば、これにより訴外会社が本件保険金の支払を受けこれを他に流用費消してしまつて賠償金を取得できないおそれのあることが予想できたはずであるのに、前記徳満の言を軽信し、不注意にも右趣旨の委任状を徴することなく野津の要求する仮示談書の作成に応じたため、結局、前認定のとおり訴外会社に対する損害賠償請求権の行使が事実上不可能となるという結果を招来するにいたつたものといわなければならないので、この点右ひろ子にも落度のあつたことが否定できないから、右徳満の第一審原告らに対する損害賠償額を定めるについてはこの点を斟酌するのを相当とすべきところ、右落度の内容および程度等から考えると、右徳満の負担すべき損害賠償額は前記のうち金一五〇万円と定めるのが相当である。

そうすると、第一審被告徳満は、第一審原告ら各自に対しそれぞれ右賠償額の三分の一にあたる金五〇万円と右各金員に対する本件訴状が右徳満に送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和四七年一〇月一〇日から右支払ずみまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものといわなければならない。

五つぎに第一審被告会社のいわゆる使用者責任について判断する。

<証拠>を総合すれば、右徳満が本件保険金支払当時第一審被告会社に雇われ、同会社広島支店査定主査として担当していた査定事務の内容は、自動車保険事故中対人賠償関係の損害賠償債務およびその賠償額の確定に関する必要資料の収集および右に関する対外交渉等であつたことが認められるところ、前記三、(1)ないし(6)に認定した事実関係中、とくに仮示談書の受領、その内容の検討は右査定事務そのものであり、さらに、前記徳満のひろ子に対せる一連の行為は、訴外会社の第一審原告らに対する本件事故による損害賠償債務およびその額を確定するための必要資料の収集という右徳満本来の査定事務に関連するものというべきである。なおほかに、右一連の行為のうちには、保険金の支払事務にも関するもののあることは否定できないが、保険金額の査定事務とその支払事務とは密接に関連した事務であつて、これをその行為の客観的外形的関係から観察すればこの事務もやはり右徳満の職務行為に関連するものといわざるをえないのである。

そうすると、前記第一審原告らのこうむつた損害は、第一審被告会社の被用者である右徳満が同会社の事業を執行するについて加えた損害であるといわなければならないから、第一審被告会社は、民法第七一五条の規定により使用者として右徳満の加えた損害を賠償すべき責任がある。

そうだとすると、第一審被告会社としても、右徳満と連帯(いわゆる不真正連帯)して、第一審原告ら各自に対しそれぞれ前記損害金五〇万円および右各金員に対する前同様昭和四七年一〇月一〇日から右支払ずみまでの年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものといわなければならない。

六そうすると、第一審原告らの請求は、これ以上判断を加えるまでもなく、右認定の限度において正当としてこれを認容すべきであるが、その余は失当として棄却を免れない。

よつて、第一審原告らの控訴にもとづき右と異る原判決を変更し、第一審被告徳満の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第九二条、第九三条、第九五条および第八九条を、仮執行の宣言およびその免脱の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(畔上英治 安倍正三 唐松寛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例